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研修の寿命と新陳代謝の必要性

自分は社会人としては中堅どころでだが、20代後半ぐらいから、「自分のキャリアを考える中で少し勉強しない」と思い、自発的に所属する組織の外で行われている研修や勉強会に参加したりしています。また、数人の仲間とともに年に2回程度、手弁当でワークショップ型の勉強会も開催しています。

ただ最近は、「毎年続く研修は寿命があって、同じ者(物?)がずっと居続けると最後は延命措置で繋いでいて、研修の新陳代謝を大事にしないといけない」と強く感じる時があります。

研修の寿命と新陳代謝

何らかの組織等で研修や勉強会が定例で開催され、プライベートで参加してみると違和感があったり、色々と変えないと、ロウが少なくなったロウソクのようだなと思う時があります。

例えばこんな点でしょうか。

  • 同業という緩い繋がりでしかないのに関わらず、他社の若者に上司のような態度をする人がいる
  • 発表が内輪
  • 若い人に沢山参加して欲しいといいながら、テーマは偉い人が聞きたいものを基準にしていて、ターゲットが明らかに違う。
  • 懇親会での主役は昔からの人たち(年配の人たち)で毎年変わらない
  • 年配の人たちで自分達が聞きたいテーマ設定をして、参加者を集めようとするが、集まらないと文句を言う(自分達の聞きたいことは皆が聞きたいと思い込んでいる?、それとも研修の企画能力がない?)
  • 最初は自分達も初学者で初心者向けの研修のはずが、自分達の成長に伴いいつの間にか会の対象は初学者向けなのに、テーマはベテラン向けになっている

例えば発表が同業者の一部の層に絞っているなら内輪も分からなくはないのですが、ヨイショみたいに発表前から拍手とかが始まると、何も知らない参加者はドン引きしてしまいます。

上記の研修会等は、若い人が参加しなくなったといいながら、昔からの人がずっと居座る人達が居続けていると、水から茹でられたカエルみたいだなと思う訳です。

個人の考えですが、組織の中心のメンバーは5年、長くても10年で入れ替わらないと研修の内容やテーマは柔軟にならないと思うのですよね。(ただこれは業界によると思っていて、自分がいる教育系はこれぐらいかなと思っています。)

その為には、ニーズの把握や中の人の入れ替わりが必要で、重要なのは退いた人は求められない限りは語らずという精神と、既に退いた人に忖度はあまりしない精神が重要だと思います。

参加者としての研修の新陳代謝

先ほどは主催者観点から書いてみましたが、一方で参加者側の新陳代謝も必要だと思っています。

例えば若手向き研修とあるのに、真っ先にベテランの人が申込をするのはなんだかなと感じます。特に研修の参加者枠が少ないのに、それを押しのけて申込をするベテランは大人げないというか、周りの事が考えられない人という印象もありますね。

また別のケースとして、そのテーマについては知ってはいるけど、素人質問するためor講師の冷やかしみたいな参加も自粛しないといけないよなと感じます。

参加するベテランの人は自分が研修の対象の人材かぐらいかは分かるはずだし、若手に譲るぐらいの気概は持たないといけないよなと感じています。

だからこそ、最近は若手向けのものは主催者から誘われたものでない限り、出ないように心がけています。