大学の内部質保証の基礎となる自己点検・評価は法令によって、自己点検・評価実施と公表が求められています。
<参考:学校教育法>
第百九条 大学は、その教育研究水準の向上に資するため、文部科学大臣の定めるところにより、当該大学の教育及び研究、組織及び運営並びに施設及び設備(次項及び第五項において「教育研究等」という。)の状況について自ら点検及び評価を行い、その結果を公表するものとする。
この自己点検・評価ですが、PDCAサイクルに基づいて行っている大学が多いのではないでしょうか?また大学の内部質保証においてもPDCAサイクルの実施が求められてもいますね。
今回は大学のPDCAサイクルに関する批判、OODAループとは何かから、内部質保証におけるOODAループについて考えてみます。なお、本記事ではPDCAサイクルの説明は省略しています。
大学におけるPDCAサイクルの批判と課題
自己点検・評価や内部質保証ではPDCAサイクルを基としていることが多いと感じていますが、大学で行われているPDCAサイクルについて論考をみていくとPDCAサイクルを用いることについての批判がいくつかあります。
例えば、大学評価学会は大学改革や大学評価においてPDCAサイクルを用いることは3つの誤読があるとしています。(シリーズ「大学評価を考える」第4巻編集委員会編,2011)
その誤読とは、「大学と企業の質の違いをふまえない誤読」「企業経営におけるものづくりにおけるPDCAサイクルの本質理解をふまえない誤読」「目標管理がその正しい概念理解がされていないという誤読」です。これらの批判はPDCAサイクルの歴史を紐解き、本来のPDCAサイクルの機能や意味から批判をしているものと言えます。
また早田先生は「目標管理や品質管理といった経営学の視点から導入されたPDCAサイクル論を、そのまま教育活動の展開に転用することには若干問題がある」(早田,2015)とし、本質的な違いがあるとは思えないが経営論と教育論との間には、力点の置き方に微妙な相違点があると、詳細に記述しています。
またこの違いは①目的の違い②目標や計画のもつ厳格性の違い、③評価方法の違い、④評価指標の違いであると主張されています。早田先生の批判は学問分野からみた批判ですが、今やPDCAサイクルは大学評価や大学改革、また中期経営計画を進める上でなくてはならないものになっていることは否定できません。
特に中期経営計画とPDCAサイクルについて、教育学の立場なのか、経営学の立場で見るのかは大学によって異なるように感じます。(むしろこれだけPDCAサイクルが大学で一般的になった現在は大学独自のPDCAサイクルになっていると言えるかもしれません)
OODAループと内部質保証
さて、PDCAサイクルには批判がある、現状と即していないと考えている人は、それでは代わりに他の概念やツールはないのかと考える人がいるかもしれません。例えば、以前ある認証評価団体が行った勉強会の質問で「内部質保証とOODA()ループ」に関するものがありました。
その時は認証評価団体の方はOODA(ウーダ)についてあまり見識がないということで名言を避けられていました。そこで私見ではありますが、内部質保証とOODAについて考えをまとめてみます。
OODAループとは何か
PDCAとOODA、アルファベット4文字なので、親和性が高そうとか、同じようなものかと思うかもしれません。ではOODAループとはどのようなものなのでしょうか?
OODAとはループは次の4つとなります。(チャット・リチャーズ:2019)
- Observe(観察)
- Orient(情勢判断)
- Decide(意思決定)
- Act(行動)
図にするとこんな感じですね。(PDCAと並べています)
まずObserveですが、観察を意味します。チャット・リチャーズでは吸収するという言葉でも説明してりますが、わかりにくいので小林の解説「観察、モニターする、情報収集」(小林:2019)のほうがイメージはしやすいですね。
OrientはObserveで得た情報を判断することを示し、現状の社会状況や今までの経験なども踏まえて判断する、方向を示すことを意味します。
そのうえで「これから何をするのか、何をしないのか、何をやめるのか」(小林:2019)といった意思決定をし、行動します。ただOODAループはO→O→D→Aと一方向的に進むのではなく、暗黙的な指示が十分であればO→O→Aという流れもあります。
なお、OODAループの本は何冊かありますが、アメリカ海兵隊が行動の基本原則であるOODAループについて解説した本や、危機管理やマネジメントからOODAループについて論じた本などがあります。
PDCAサイクルとOODAループ
それでは内部質保証はOODAループは活用できるのでしょうか。
PDCAサイクルとOODAループの違いについて、「PDCAは業務や品質を改善するために繰り返し実施するのに対して、OODAは通常、短時間あるいは短期間のうちに意思決定、行動するためである」小林(2019)とされています。つまりOODAは思考法としての意味合いや日頃の業務の取り組み方法といった意味合いが強いようです。つまりPDCAとOODAは内包するものも違いますし、性質も異なるのです。
高速でPDCAサイクルをまわすといった本もありますが、大学においては一定期間以上(1年)のスパンの自己点検・評価としてPDCAサイクルを使うことが多いでしょう。一方、OODAループは意味を鑑みると1年サイクルなどで行うものではありません。
ただOODAループが大学ではまったく使わないのかというと決してそうではありません。例えば2020年は新型コロナウイルス感染拡大防止のために、日々情報収集して判断して、委員会や役職者が決定して実行するといったことを短期間でどんどんやっていたと思います。つまり、すぐに改善しなければならないときはOODAループを回していたのではないでしょうか。そう考えると大学の教育の質の担保にはOODAループは有効といえるかもしれません。
OODAループとOISRループ
少し話がずれますが、最新の研究ではOODAループではなく、OISRループというのも提案されています。OISRループとは「「O:観察」→「I:洞察」→「S:シナ リオ作成」→「R:実現化」からなるループである。これを OISR ループ」(田中:2020)とし、次世代リーダーに求められる思考法であるとしています。
この次世代型リーダシップですが、「組織の中間層に位置し戦略の推進を担う」リーダーを指し、OODAループは強いリーダーシップで組織を牽引していく方法としては適切であると提案しています。
大学の質保証でOODAループはPDCAのサイクルの代わりとなれるのか?
PDCAサイクルとOODAループは内容も目的も全く異なるものです。 ただOODAループは何かを考えると、大学においてはPDCAサイクルの代わりとするものではなく、PDCAサイクルを基本としながらもOODAループがうまく共存していくことが必要なのだと思います。
むしろPDCAのDの部分がOODAループの積み重ねであったり、非常時などはOODAループを活用するといった事が必要なのではないかと思います。
またPDCAサイクルの批判に関しては、大学の点検・評価や内部質保証に関する事をやっている立場で思うのは、自由、揺らぎ、不確実性等をどこまで認めるのかも重要ではないかと感じます。Planに沿ったことだけをやればいい、Planに沿った事以外はやるべきではないというような内部統制をしっかりするという考えではなく、大学の方向性やコンプライアンスなどがきっちりしていれば、自由にやって成功も失敗もきちんと評価するという風土を作ることも必要だと最近は感じます。
引用・参考文献
・小林宏之(2020)『OODA危機管理と効率・達成を叶えるマネジメント』株式会社徳間書店.
・シリーズ「大学評価を考える」第4巻編集委員会編(2011)『シリーズ「大学評価を考える」第4巻PDCAサイクル、3つの誤読』大学評価学会.
・田中宏和(2020)「PDCA サイクルに代わる戦略的手順に関する考察」日本情報経営学会第80回大会予稿集,145-148.
・チェット・リチャーズ(2019)『OODA LOOP次世代の最強組織に進化する意思決定スキル』原田勉訳,東洋経済新報社.
・早田幸政(2015)「第1章大学評価論の理解 第3節大学評価のPDCA」,『大学評価論の体系化に関する調査研究報告書』158-164,公益財団法人大学基準協会.