大学は法令や社会からの要請により、大学のホームページなどで様々な情報を公開しています。そして大学にはいくつもの調査が依頼されています。藤原他(2019)による大学への調査の実態把握に関するパイロット分析では、事例大学に年間153件もの調査が来ていると述べられています。
大学の情報自体は色々と調べることができるわけですが、そうすると大学の情報を活用した大学ランキングなんてものもいくつもあります。ただランキングは独自のデータ定義もあり、例えば今回のキーワードである「ST比」は分母が異なることがあり、教育の質とか教育力とか出されると大学にいる身としては、独自として批判を避けた指標だなと思う事もあります。
ST比とは
ST比といっても、大学関係者はよく分かっている・聞いた事があっても一般的にはあまり馴染みのない言葉ではないかと思っています。例えばST比の説明には次のようなものもあります。
フルタイム教員1人に対する在籍する学生の人数を表す指標。(松田,2017)
また算出方法について、次のように説明されています(一部抜粋)。
1.通常、非常勤教員を含めない指標、
2.単に入学者数が減っても改善してしまう値であるので、実際の在籍者数を用いずに学生数を定員で考える方法もあります。(松田,2017)
ST比は教員一人当たりの学生数(学生数/教員数)となりますが、次のように考えます。
- 教員→原則的には専任教員(ただし大学によって、特任教員とか客員とか定義によっては入れる場合がある)
- 学生数→実数で見る場合と定員ベースで見る場合がある。実数の場合は定員割れをしていれば無論、ST比は良くなる(下がる)
ST比が低いという事はそれだけ専任教員が教育研究指導を丁寧に出来るとみなす事が一般的ではありますが、教員を専任教員だけではなく非常勤教員などどこまで含めるかで母数がかなり変わり、ST比がだいぶ異なります。
また定員割れをしている大学は松田(2017)にあるようにST比は良くなりますね。
ST比の活用
さてST比は、様々な調査が行われ、それを活用した報告があります。
近年は、雑誌等での特集やアンケート結果をまとめたものがありますね。例えば大学の実力とかでしょうか。また今月は東洋経済から大学ランキングでもST比は活用されていました。
さて2017年に発売された「本当に強い大学2017」を見ているとST比について、引っかかるものがありました。併せて、「大学の真の実力情報公開BOOK」と比較して、ST比の説明と算出方法について下記の表のようにまとめてみました。
媒体 | ST比の説明 | 算出方法 |
週刊東洋経済 臨時増刊「本当に強い大学2017」 | 数値が低いほどきめ細かく学生を指導できる。今回は少人数教育の実態をより反映しやすくする為、教員数に助教や兼務者(非常勤講師など)も含めている。 | 学生数÷教員数(助教、兼務者含む合計で、専任教員のみの教員数とは異なる数字を使用) (2016は学生数÷教員数) |
旺文社「2017(平成29)年度用 大学の真の実力情報公開BOOK」 | 大学の教員と学生との距離を見るための参考資料。教員一人あたり学生数が少なければ、それだけ先生から密に指導が受けられる機会は増える。 (少人数の授業の数のチェックについても言及) |
(男子学生総数+女子学生総数)÷専任教員数 |
出典:『週刊東洋経済臨時増刊 本当に強い大学』2017.5.24,『大学の真の実力情報公開BOOK』2016.9.30より作成
また週刊東洋経済臨時増刊の「本当に強い大学2020」でも教員の定義は2017殆ど変わりません。
さて、最初に定義を引用したように、ST比は専任教員数を学生数で割った数字であり、教員一人当たりの学生数と思っておりましたが、東洋経済は少し異なるようです。気になったのは次の点です。
- 少人数教育とST比について
- 助教を含めると記載した事について
- 非常勤講師とST比について
そこで少し上記3つについて考えや思う所をまとめてみました。
①少人数教育とST比について
ST比は何回も述べているように、低ければそれだけ一人当たりの学生の教育研究指導が出来る時間があるとみなし、教育研究指導への一人一人へのリソースが振れると考えます。ただこの教育研究指導が、授業時間(ゼミを含む)なのか、授業外も含めてなのかも考慮しておく必要があります。
またST比が低いから少人数教育かというと、必ずしもイコールではないと感じています。一部のみ少人数教育で、あとは中規模や大規模での授業かもしれません。もしかすると学部の授業は殆どなく、大学院が重点的にリソースが割り振られている場合は教員数が多くST比が低くてもどうなのでしょうか?
少人数教育をやっているかどうかを見るには各大学の授業における方針で授業形態によって履修者人数の最大上限を定めているかどうかも含めて見る必要があります。(例えば大学設置室にある設置申請時の書類の「設置の趣旨」にも記載している大学があります)
<参考>
②助教を含めると記載したことについて
まずは学校教育法を見てみましょう。
第九十二条 大学には学長、教授、准教授、助教、助手及び事務職員を置かなければならない。ただし、教育研究上の組織編制として適切と認められる場合には、准教授、助教又は助手を置かないことができる。2 大学には、前項のほか、副学長、学部長、講師、技術職員その他必要な職員を置くことができる。3 学長は、校務をつかさどり、所属職員を統督する。4 副学長は、学長を助け、命を受けて校務をつかさどる。5 学部長は、学部に関する校務をつかさどる。6 教授は、専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の特に優れた知識、能力及び実績を有する者であつて、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する。7 准教授は、専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の優れた知識、能力及び実績を有する者であつて、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する。8 助教は、専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の知識及び能力を有する者であつて、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する。9 助手は、その所属する組織における教育研究の円滑な実施に必要な業務に従事する。10 講師は、教授又は准教授に準ずる職務に従事する。
大学によって助教の取扱は色々だと思いますが、本学では専任教員としてカウントしていますので、助教を含むというのは気になる点ではあります。(なお、本学では助教採用であっても、昇格は次は准教授となります)
③非常勤講師とST比について
ST比に非常勤講師を入れることで少人数教育の実態を明らかにしたいと考えたのかもしれません。ただそれなら、非常勤講師ではなく、授業形態ごとの平均履修者数とかを示せばいいのにと思います。
ただ大学側としては、新たに数字を作る場合は手間がかかるのであまりやりたくはないですけどね。そして1科目しか担当しない非常勤教員がたくさんいればST比は下がる(良くなる)わけです。
また非常勤の先生には本学では授業以外ではオフィスアワーなどは求めていませんし、学生指導などといった業務もありません。
さて少しまとめてみるとST比は少人数教育の指標としてはイコールではないという点、少人数教育についての指標であれば授業形態ごとの履修者人数の平均値とか別の指標が必要ではなかろうかと思います。
ST比のまとめ
最後にST比を見る上で、例えば受験生やその親の立場として考えた場合は、大学全体で見るか、学部で見るかといった事も考えられます。例えば学部は大学設置基準で定められた最低限の教員しかいないけど、教養教育機構などに多くの先生が所属しているかもしれません。そうすると飛び地キャンパスに行った場合は教員が最低限しかいないという事もある訳ですね。
≪参考・引用文献≫
「調査データからわかること」『大学の真の実力情報公開BOOK』2016年9月30日発
行,p18,旺文社.
「本当に強い大学総合ランキング」『週刊東洋経済臨時増刊 本当に強い大学』
2017年5月24日号,pp12-13,東洋経済新聞社.
松田岳史(2017)「教員:学生比率(S-T比)」松田岳史・森雅生・相生芳晴・姉川恭
子編『大学IRスタンダード指標集』玉川大学出版部,pp.14-15.
藤原僚平・齋藤渉・上畠洋佑(2019)「大学への調査の実態把握に関するパイロット分析 -A大学における調査負担可視化の試み-」『大学評価とIR』11,pp3-14.