大学アドミニストレーターを目指す大学職員のブログ

大学や高等教育関連の話題が中心。

【スポンサーリンク】

【コラム】教職協働の一言の多様性と障壁

  先日、大学設置基準の解説で教職連携や教職協働の項目について少し記事にしました。

www.daigaku23.com

  ただ、教職協働となると一言を持っている人が多いなと感じています。例えば、こんな意見でしょうか。

・教職協働は重要である。

・教職協働は不要である(まやかしである)。

・教職協働において、教員の役割は○○、職員の役割は○○と定義づけを行う。

・自分は出来ているけど、他は出来ていないという不満。

・自分とは身分や立場が違う人の教職協働についての考えをあざけ笑う。

・「きょうどう」の漢字をどれを当てるのかで意味が変わる。

<参考>きょうどうのそれぞれの意味(日本国語大辞典より)

 

共同

(1)二人以上の者がいっしょに事を行なうこと。また、二人以上の者が、一つの事物について同等の資格で所有したり、利用したり、一緒に活動したりすること。

(2)「きょうどう(協同)」に同じ。

 協働

同じ目的のために、二人以上が協力して働くこと。

協同

二人以上の人や団体などが一つの仕事のために心や力を合わせること。

 でも教職協働に対する各自の考えは、個人感覚ですが大学の設置形態、身分、キャリアなどによっても異なる気がします。個人としては、一つの考えに多様性があっていいと思います。ただ、それに対して否定したり、笑うことについてはどうだろうと思います。

 また教職協働を進める上で課題となるものは何であろうと最近考えていますが、1つ目は個人や所属組織の責任や権限を越えられない、2つ目はそれを行うだけの知識や能力が足りない、3つ目は価値観や考えが変えられないといった事があるのではないかと思います。例えば1つ目は大学事務職員が教育に近い仕事をすると、まわりから「お前は教員ではないのだから、そういう事は必要ない」とか「そんな権限がない」とか言われるケースでしょうか。

 ただ注意しなければならないのは、教職協働は「大学の教育研究活動等の組織的かつ効果的な運営を図ること」が目的であって、教職協働をする事が目的でないという事です。

 まあ教職協働で、特に職員が色んな事をする場合は「出る杭は打たれる」というように打たれることが多くなるだろうとは思います。そこで大学組織は教職協働だけに留まらず、人材育成と出来る人はどんどん登用していく仕組みが必要なのではと思っています。